リディア・シャッフェンのベクトル

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{s35} リディア・シャッフェンのベクトル{/}{np} 国王カデュメルがリディア・シャッフェンに「木や岩の後ろに隠れた標的はそなたでも手出しできぬだろう?」と尋ねた際、リディア・シャッフェンは答える代わりに弓弦の音をはっきりと周囲に響き渡らせながら標的に命中させた、という記録が王室に伝わる。
しかし王室の公式記録や世間に伝わる伝説で触れられていない内容がある。それはカデュメル国王がそのような発言をした理由だ。国王は単にリディア・シャッフェンの弓術を試したかったわけではなかった。
{np} そしてそれより重要な事実は、その時リディア・シャッフェンが命中させた標的は何だったのか…正確に表現すると誰だったのか、ということだ。
王室の記録や民間の伝説でこの逸話を扱う時はいつも、これがいつ起きたことなのか、その時期については言及していない。
{np} ただリディア・シャッフェンの素晴らしい弓さばきに焦点を当てた英雄談としてのみ紹介している。
それにはやむを得ない理由があるのだ。
この逸話が内戦期の最後に起きた出来事だったからだ。一部に知られている伝説と異なり、ルクリスは大地の要塞の最終層でカデュメル国王の兵士たちに殺されたわけではなかった。ルクリスはある理由により大地の要塞最終層の核心部分によそ者を入れたがらなかった、と伝えられている。
{np} そのためルクリスは大地の要塞が陥落する直前に要塞を脱出し、カデュメル国王は兵士たちに彼を追跡させた。
その追跡の末、ルクリスは崖の縁にまで追いやられた。{np} その崖にはちょうど大きな岩があった。ルクリスはその岩を背に崖と正面から向かい合う姿勢で国王の兵士と戦った。
ルクリスがその岩を背にすると、追跡していた国王のアーチャーたちはルクリスを攻撃することができなかった。
他の場所であったら、ルクリスのほうへ回って向かい側と左右から包囲し矢を浴びせることもできたが、崖という地形はそのような攻撃を許さなかった。
{np} 崖を越えて虚空に浮いた状態で攻撃できるアーチャーがいなかったため、カデュメル国王は兵士たちを文字通り崖の縁に行かせた。
{np} {s19}しかし、ルクリスと彼の残った部下たちは押し寄せる兵士たちを次から次へと倒し、その状態で一日中耐えた。そしてその人間の限界を超える能力を目の当たりにしたカデュメル国王の兵士たちも動揺し始めた。
そのうえ、ルクリスの勇姿に感銘を受けた兵士と将軍たちの心理的動揺により、命令に背く者もいるほどだった。
もともと国民に人気がなかったカデュメル国王は、このような状況で臣下であるはずの将たちを思い通りに動かすこともできず、だからと言ってルクリスの体力が尽きることや飢え死にすることを待つわけにもいかなかった。
{np} そしてこのような状況でカデュメル国王が思いついたのが、リディア・シャッフェンに投げかけた質問なのである。
もちろんリディア・シャッフェンはカデュメル国王の挑発に乗り、自分の実力を見せるために岩の後ろのルクリスを神妙な曲射で殺したわけではない。
ここにはもう一つの事情が重なっていた。
{np} しかしその事情はともかく、師匠の希望であり自身の兄弟子である者の命を奪ったリディア・シャッフェンの心情がどれほどのものだったのかは、後代の我々としては推測するしかない。
とにかくこの事件で人々は、リディア・シャッフェンが照準するベクトルは岩に隠れた標的さえも貫くという事実を知ったわけだが、彼女がその日に抱いた複雑な感情のベクトルまで理解した人はいないだろう。

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訓練されたアーチャーに見えないターゲットなどない!読むことができます。

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