クラペダの賭博師
(A Wagerer of Kliapeda)
{np}昔々、クラペダにモデスタス(Modestas)という男が住んでいました。
モデスタスさんは良い人でしたが、一つだけ大きな欠点があったので、彼の友達や親せきはみんな彼のことを心配していました。特に、彼の奥さんはいつも不安に思っていました。
モデスタスさんは怠け者でもなく、すごく賢いわけではありませんが決して愚かでもなく、酒を飲み過ぎたりケンカばかりする人でもありませんでした。
モデスタスさんの問題はたった一つ。賭けが大好きだったのです。
モデスタスさんは昼間一生懸命働いたので、食べるのに困ることはありませんでした。
でも生活に必要なお金以上を稼ぐとすぐに賭けをしてしまうので、奥さんがいくら節約して貯金をしても生活は少しも楽になりませんでした。
そこでモデスタスさんの奥さんは時間ができると女神像や神殿へ行って、夫のことについて祈りを捧げました。
それでもモデスタスさんの賭け好きは治らず、モデスタスさんの周りの人々の心配はどんどん大きくなるばかりでした。賭けを続ければ最初は少額でもいつの間にか大金を賭けることになり、大きな問題に発展する可能性が高いからです。
なにはともあれ、そんな日々が続いていたある日のことです。
モデスタスさんはその日もいつものように賭けをして、手持ちのお金を全部失ったまま家へ帰っていました。
シャウレイの森を過ぎてクラペダへ向かっていたモデスタスさんは静かな森の道で一人の老婆に出会いました。
老婆は単に年老いているだけでなく、人相も悪くてどこか怪しい雰囲気を醸し出していました。
モデスタスさんは彼女を無視して家へ向おうと思い、老婆も自分がしていたあることに夢中でモデスタスさんには見向きもしませんでした。
そのままモデスタスさんが老婆を無視して家へ帰ればそれで終わりだったのでしょうが、老婆がしていたことがモデスタスさんの目に止まってしまったのです。
正確に言うと、老婆が持っていた物がモデスタスさんの目と足を縫い止めました。
老婆は驚いたことに、大きな金塊二つを持って何かを悩んでいたのです。
ただ持っているのではない、その動きに心を惹かれたモデスタスさんは、結局老婆に近寄って行きました。
そして、金塊を持って何をしているのかと尋ねました。
すると老婆は答えました。
「この金塊二つを結婚させれば子供の金塊を生んで、そしたらあたしゃもっと金持ちになれるだろ?でもこいつら気が合わないのか、なかなかうまくいかなくてね。」
モデスタスさんはその話を聞いて呆れはて、こう言いました。
「いやいや、その金塊で金持ちになりたかったら、それを元手に商売をするなり、どこかに投資しなきゃダメですよ。金塊が結婚して子供が生まれるはずないでしょう?」
すると、老婆がぶっきらぼうに答えました。
「ないこたぁないだろうよ。うまくいけば、これが一番良い方法なんだ。一番安全で確実だからね。」
「そんなバカげたことを言ってるなら、いっそ僕みたいに賭けでもした方がましですよ。」
モデスタスさんがそういうと、老婆は怒ったようでした。
そして、言いました。
「つまり、あんたはあたしのやり方があんたの賭けごとよりも馬鹿げてるって言いたいのかい?」
「当然でしょう?賭けは勝つことも負けることもあるけど、お婆さんのやり方じゃあ、絶対に金塊は増えませんからね。」
モデスタスさんがそう言うと、老婆はしばらく考え込んでから言いました。
「じゃあ、あたしとあんたで賭けをしないかい?」
モデスタスさんは瞬間的に老婆の尋常でない雰囲気を感じ取って少し怖くなりましたが、それでも賭けという言葉の誘惑に負けて、こう尋ねました。
「どんな賭けですか?」
「あんたのやり方とあたしのやり方でどっちが金塊を増やせるかって賭けさ。」
「でも、賭けは負けることもありますよ?」
「そりゃ、心配いらないよ。元々賭けってのは勝ったり負けたりするもんだからね。あたしにもそれを変えることはできないよ。でも、その順序を固定することはできるのさ。」
「え?どういうことですか?」
「あたしと賭けをするんなら、これから誰とどんな賭けをしてもあんたは一度勝ったら一度負けることになる。」
「一度勝ったら一度負けるなんて、賭けをしてればよくあることですよ。」
モデスタスさんがそう言うと、老婆は首を振りながら説明を付け加えました。
「あたしが言ってるのは、これからここを離れて最初にする賭けで、あんたはいくら不利な条件でも勝つってことさ。そしてその次の賭け、つまり二番目の賭けではどんなに有利な賭けでも負けることになる。」
モデスタスさんはその言葉に少し戸惑いながらまた尋ねました。
「つまり、これから僕は奇数回の賭けでは必ず買って、偶数回の賭けでは必ず負けるってことですか?」
「その通り。そうなるはずだよ。あんたがすることは、奇数回の賭けに大金を賭けて、次の回では少額を賭けるだけ。そうして何回か繰り返せば金塊一つ分くらいは簡単に稼げるだろ?どうだい?その条件であたしと賭けをするかい?」
「勝ったり負けたりを繰り返すのは、いつまで続くんですか?」
老婆は指で顎を触りながらしばらく考え込んで、答えました。
「三回ずつもあれば充分だろ。だからあんたは六回賭けをしてここに戻ればいい。もちろん、最後の六回めの賭けで負けることが分かってても賭けをするんだ。そうしないと、あたしの不戦勝になるからね。」
モデスタスさんは少し震える声で尋ねました。
「じゃあ、どれだけ稼げばいいんです?」
「ひとまず金塊を一個渡そう。そしてあたしのところに戻る時には、これ以外にもう一つ金塊を持って来るんだ。あたしの金塊たちが子供を産もうが産むまいが、持って来られたらあんたの勝ちにしてあげるよ。時間は…そうだね。一週間もあれば足りそうだね。」
モデスタスさんは最後にもう一つだけ尋ねました。
「もしもこの賭けで僕が負けたら、僕はどうすればいいんです?」
老婆が答えました。
「それはねぇ…」
{np}しばらく間をおいてから、老婆が続けました。
「とりあえずあんたが勝ったらあたしの金塊を全部あげるよ。それに、あんたにあげた勝ち負けを繰り返す能力を一生使えるようにする。その代り、負けたら…」
「負けたら?」
モデスタスさんが緊張して尋ねました。
「つまり、あたしが勝った場合は、あんたが今後どんな賭けであっても賭けで負ける度に、あんたの知り合いが消えて行くよ。」
モデスタスさんもその言葉を聞いて、少し怖くなりました。でも賭けをしなけりゃいいんだと考え、それに賭けをしたとしても勝てばいいんだと思いつくと、いつの間にかうなずいて承諾していました。何よりもモデスタスさんは賭けを断れない性格の持ち主でしたから。
とにかく、モデスタスさんは奇妙な老婆と別れ、いつ賭けに勝っていつ負けるかを分かるというもの凄い能力の持ち主として、どこへ行って最初の賭けをするか悩みながら歩きました。
そして、しばらく歩くとモデスタスさんの後ろから馬が走って来る音が聞こえました。
モデスタスさんが振り返ると、馬に乗っているのはモデスタスさんもよく知っているジグフリーさんでした。
ジグフリーさんはモデスタスさんといつも賭けをする賭博師だったので、二人は挨拶をしてどこへ行くのか、どこへ行って来たのかなどの話を交わしました。ジグフリーさんはモデスタスさんと一緒に歩くために馬から降り、二人はしばらく並んで歩きながらおしゃべりしました。
でも、少し時間が経つとモデスタスさんはジグフリーさんと一緒に歩きたくなくなりました。なぜなら、モデスタスさんは絶対に勝てるチャンスをジグフリーさんとの些細な賭けに使いたくなかったからです。
モデスタスさんは普段、ジグフリーさんと日常的な会話の中でもささやかな賭けをしていたので、いつ「賭けるか?」という言葉が出て来るかと不安になりました。
ジグフリーさんはモデスタスさんと同様に金持ちではなく、だから大きな賭けはできなかったので、モデスタスさんは出くわしたときとは反対に、今はジグフリーさんが自分を置いて先に行ってくれたらと思いました。
そのせいで、ついこんな言葉が口を突いて出ました。
「なあ、急いでたんじゃないのか?馬に乗るほど急いでいたんだろうから、僕のことには構わず行ってくれよ。」
モデスタスさんのこの言葉を聞いたジグフリーさんはこう答えました。
「急いでるけど、ちょっと歩いてから馬に乗っても間に合うんだ。こいつはなかなか足が速いからな。」
ジグフリーさんが思い通りに動かないと、モデスタスさんはこう言いました。
「そうだとしても、遅れないように急いだらどうだい?」
{np}するとジグフリーさんは少しイライラしたように答えました。
「おい、俺の話を信じないのか?それとも俺の馬をバカにしてるのか?」
モデスタスさんは慌てて言いました。
「いや、そういう意味じゃなくて…。」
でもモデスタスさんが言い終える前に、ジグフリーさんがこう言いました。
「そんなに俺の話が信じられないなら、賭けをしよう。」
モデスタスさんは「よし、何を賭ける?」という言葉が思わずのど元まで出かかりましたが、なんとか抑えることができました。
普段のモデスタスさんの習慣を思えば、すぐに承諾しなかっただけでも超人的な意志の強さを発揮したと言えます。
「ど…どんな賭けだ?」
「俺が乗って来た馬が速いか速くないかを賭けるんだ。もし負けたら、この馬をあんたにやるよ。」
モデスタスさんは心の中で、本当に必死に戦いました。
でもいつも賭けをしているジグフリーさんに勝てるチャンスだという考えや、馬一頭ならそんなに少ない額ではないとい考えが頭を駆け巡り、何よりもお金を持ってる時に賭けを断ったことがなかったので、結局その賭けに乗ってしまいました。
もちろん、この賭けは当然モデスタスさんの勝ちで終わりました。
ジグフリーさんは賭けが始まると、一歩も動かなくなった馬をなだめたり、叩いたりできる限りのことをしましたが、まったく動きませんでした。
結局ジグフリーさんは何度も首をかしげて不思議がり、約束に遅れそうだと気付くと馬の手綱をモデスタスさんに投げ渡し、あっという間に走り去ってしまいました。
ジグフリーさんがいなくなると、モデスタスさんの気分は沈みました。
いつものモデスタスさんは賭けに勝つと機嫌よく、負けても悔しがらない人だったので、モデスタスさんが賭けに勝って気分が沈むのは、本当に生まれて初めてのことだったのです。
モデスタスさんとしては、なんだか親しい賭け仲間のジグフリーさんを騙したような、大金を稼ぐチャンスを無駄にして悔しいような、複雑な気分で馬を引きながら歩きました。
歩いている途中で、モデスタスさんは次の賭けは絶対に負ける番だということを思い出しました。そこで、「何があっても次の賭けでは銀貨一枚以上は賭けない」と心に決めたのです。
そんなことを考えながら馬を引いて歩いていたモデスタスさんが出くわしたのは、数人の兵士たちでした。
どうやら、兵士たちは何か言い争っているようです。
モデスタスさんは彼らのことなど気にせず通り過ぎようとしましたが、兵士たちがモデスタスさんを見つけて大声で呼びました。
「そこの馬を引く人。こっちにきて手伝ってくれないか?」
モデスタスさんは何を手伝えばいいのか分かりませんでしたが、そう言われると無視するわけにもいかず、馬を引いて彼らに近寄りました。
モデスタスさんが近寄ると、兵士の一人が言いました。
「ちょうど良いところへ来てくれたな。俺達はある賭けをしてるんだが、あんたが審判をしてくれ。」
モデスタスさんは賭けという言葉に驚きましたが、自分が参加するわけではなく審判をしてほしいということだったので、安心しました。審判をするだけなら、負けることは無いと思ったからです。
どうやら、兵士たちはどの女神が一番立派かということで争っていたようでした。
些細な口げんかから始まって大論争になり、結局は大金のかかった賭けになりました。兵士たちは賭け金を集めて勝者を決めればいい状況でしたが、残念ながらそれぞれの女神を支持する人の数が同じだったので、誰が勝ちかを決められずにいたのです。
そこで、話し合いの末に一番最初に通りがかった人に尋ねて、その人が言った女神を支持する兵士を勝ちとすることにしました。一番最初に偶然通る人が選んだのだから、それが女神の意志であるとみなそうということです。
兵士たちはモデスタスさんにどの兵士がどの女神を選んだのかは教えませんでした。兵士に目で合図でもされてインチキをされるのではと心配したからです。
兵士たちはモデスタスさんに彼らが集めた賭け金を見せたのですが、それは金塊一つ分を優に上回る大金でした。
そんな大金のかかった賭けですから、兵士たちは固唾を飲んでモデスタスさんの選択を待ちました。
こういう問題は正解というものがないので、モデスタスさんは自分が一番好きな女神の名を言いました。
ところが、兵士たちの反応は意外なものでした。
モデスタスさんが言った女神の名によって勝った兵士は喜び、他の兵士はがっかりするはずでしたが、喜ぶ人もがっかりする人も無く、みんなが困ったような表情をしたからです。
モデスタスさんが疑問に思って理由を訪ねると、兵士の一人が言いました。
「俺達の意見は四人の女神に分かれてたんだが、その中にあんたが言った女神がいなかったから、意見が五つに分かれたことになるんだ。」
そして兵士たちはどうやって勝負を決めるかについて、また言い争い始めました。
その雰囲気がだんだん険悪になって来たので、モデスタスさんは彼らを置いて立ち去ろうとしました。
ところがそんなモデスタスさんに、兵士たちが立ち塞がって言いました。
「あんたのせいで余計争いが大きくなったんだから、責任を取ってくれ。」
気の立った兵士たちの勢いに圧されたモデスタスさんはその場から動けなくなってしまいました。
もめ続ける兵士たちにモデスタスさんが加わってさらに言い争いは大きくなりましたが、結局モデスタスさんも審判ではなく、賭けに参加することになりました。でもモデスタスさんがしっかり断れば、賭けに参加する必要はなかったでしょう。
ですが、モデスタスさんは自分の目の前で賭けが行われる状況で黙っていられない人だったので、少し煽るだけで賭けに夢中になってしまいました。
雰囲気にのまれて女神に関する兵士たちの賭けに参加したモデスタスさんは、参加が決まってから今度の賭けでは絶対に負ける番だったことを思い出しました。
でも、思い出した時にはもう手遅れだったのです。
しかも、兵士たちが賭けたのと同じ額を賭けると言って豪快に自分の持っていた金塊を丸ごと賭けてしまっていたのです。
よく考えれば、絶対に負ける番ではなくても他の女神の支持者たちよりもモデスタスさんの票が少ないので、モデスタスさんと同じ女神をの名を言う人が連続で現れなければならない不利な状況で、勝てる見込みはほとんどありません。
ところが、勝負は思いがけない方向へ向かいました。将校が現れて騒ぐ兵士たちを叱り、引率して行こうとしたからです。
兵士たちは将校に命令された通り、出発の準備をしながら何気なく将校にどの女神が好きか尋ねました。
将校はある女神の名を挙げ、一部の兵士たちが大喜びしました。
将校は理由も分からず、ただ兵士たちを急がせましたが、なにはともあれ、モデスタスさんの負けは確実になりました。
おかしな老婆がくれた金塊を兵士たちに取られたモデスタスさんは、しばらくその場で呆然としていました。
最初は賭けに参加するつもりも無く、他の人の賭けの審判をしようとしたら巻き込まれて持っていた金塊を失くしたので仕方ありませんが、モデスタスさんは賭けに負けてもあまりショックを受けたことがないので、これも珍しいことでした。
モデスタスさんは無駄に他人の賭けに飛び込んでしまったと後悔しましたが、そんなことを考えるのもこれまでの賭け人生で初めてです。
あれこれ考えていたモデスタスさんは、ふと次は自分が絶対に勝つ番だということを思い出しました。
つまり、さっきの兵士たちを追って行ってまた賭けをすれば失くした金塊はもちろん、それ以上のお金も手に入ると思ったのです。
するとさっき賭けで馬を手に入れておいて良かったと思いながら、馬に乗って兵士たちが消えた方向へ走りだしました。
{np}速度を上げて走っていたモデスタスさんの視野に、立ち止まっている荷車が飛び込んで来ました。荷車が道の片側を塞いでいたので、モデスタスさんは速度を少し緩めました。
荷車の横を通り過ぎようとすると、急に馬が暴れ出してモデスタスさんは落馬してしまいました。幸い、速度を落としていた状態で草の沢山生えた泥地に落ちたため大怪我はしませんでしたが、しばらくは痛みで動けませんでした。
倒れたモデスタスさんに誰かが手を差し出して引き起こしてくれました。どうやらその人は荷車の主のようです。
モデスタスさんを助けた荷車の主が言いました。
「大怪我をしなくて良かったですね。それから、馬もくぼみで怪我をしなかったようで何よりです。」
モデスタスさんが荷車の主が指した方を見ると、見えにくいところにかなり大きなくぼみがありました。
荷車の主が続けて言いました。
「私の馬はここで怪我をしてもう荷車を引けそうもありませんよ。何も載せていない空の荷車ですが、しばらく足止めされそうで…。そうだ、あなたの馬を売ってもらえませんか?私の怪我をした馬も、元気な馬と一緒なら荷車を引けるはずです。」
モデスタスさんにとっては思いがけない提案でしたが、急いで馬に乗って兵士を追わなければならなかったので、すぐに断りました。
荷車の主は、自分の馬が怪我をして動けないからと何度もお願いしているのにモデスタスさんが断り続けると、こんな提案をしました。
「じゃあ、こうしましょう。反対にあなたが私の荷車を買いませんか?安くしますよ。どうせ馬と荷車は動かせない状況なので、馬を持っているあなたが荷車を持てば良いと思いませんか?」
モデスタスさんの目にも荷車はとても丈夫で手入れもされ、形も悪くないように見えました。でも特に荷車が必要な状況でもなかったので、迷いました。
それにモデスタスさんは今お金を持っていなかったので、いくら安値で荷車を売ってくれると言われても、買うことができなかったのです。
ところが、人の心というのはとても不思議なものですね。
モデスタスさんが荷車は良いけど買う金がないと考えていると思い浮かんだのは、次の賭けでは絶対に勝つということでした。そして賭けに勝つチャンスはあと1回残っているのだから、負ける番だけ気を付ければいいとも思いました。
そこで自分の馬と、荷車の主の怪我をした馬と荷車で賭けをすることを提案しました。
もちろん、モデスタスさんが勝ちました。
賭けで荷車と怪我をした馬を手に入れたモデスタスさんは、その荷車に元気な馬をくくりつけて怪我をした馬に無理をさせないようにしました。
そしてよく見ると怪我をした馬も意外と大きな怪我ではなかったので、自分がすごく得をしたような気がして嬉しくなりました。
内心、馬二頭と荷車を手に入れたのでまだ悪い状況ではないと考え、次は負ける番だから本当に気を付けようと心に決めました。
そこで兵士たちを追う計画も変更して、とりあえず人の少ない場所へ行くことにしました。
馬の手綱を掴んで荷車と一緒にしばらく進むと誰かがいるのに気付きました。人の気配が少ない場所でも人に会わないわけではないようです。
モデスタスさんは人の気配の無い山道で、年老いたアルケミストと出くわしました。
年老いたアルケミストは手に大きな銀塊を持ち、道端の石に座り込んでいました。
モデスタスさんが通り過ぎながらよく見ると、年老いたアルケミストが手に持っているのは銀塊ではなく、鉛のようでした。
「このアルケミストは本当に鉛を金に変える研究をしてるのかな?」と思いながら通り過ぎようとしました。
でもアルケミストは久しぶりに自分の前を人が通ったのが嬉しかったのか、モデスタスさんに声をかけました。そしていきなり賭けを申し込んだのです。何だか今日は世界中がモデスタスさんと賭けをしようとしているようで、さすがのモデスタスさんも嫌気がさしてきました。
モデスタスさんは賭けが大好きですが、こんなに次から次へと賭けの相手が現れたのは初めてのことでした。
モデスタスさんにしては珍しくこの賭けを断ろうかと思いましたが、賭け金が安いことがモデスタスさんの心を動かしました。
年老いたアルケミストは手に持っていた鉛の塊を賭けたからです。
今度は絶対に負ける番なので、鉛の塊一つで済むなら他で大金を損するよりもマシなような気がしました。
モデスタスさんは負けても金が無いので、後で届けるのでも良いか確認してからその賭けに応じ、結果はもちろん負けでした。
すると、モデスタスさんの目の前で怪しい光が湧き起こり、なんと鉛の塊が金塊に変化したのです。アルケミストは図々しくこう言いました。
「お前は金塊一つ分負けたんだ。ちゃんと払うんだぞ。」
モデスタスさんは抗議して怒り出しましたが、よく考えてみたらアルケミストは自分が持っている物が鉛だなんて一言も言っていませんでした。
そして、今アルケミストが持っているのは確かに金塊なので、やっぱりモデスタスさんは金塊一つ分の借金を抱えたことになるのです。
アルケミストとの言い争いに疲れたモデスタスさんは、金塊一つ分の金を返すことにして立ち去るしかありませんでした。
とにかく、モデスタスさんは金塊を稼ぐどころか、老婆にもらった金塊を失い、さらに一個分の借金ができた状態になりました。
そして残りのチャンスは勝ちも負けも一回ずつになりましたが、最後に負けることを考えると次はとにかく大金を賭けて勝たなければならない状況です。
そんなことを考えながら馬と荷車を引いて山道を歩いていたモデスタスさんは思わずこんなことをつぶやきました。
「次は何が何でも、この世で…いや、この世ではなくてもこの辺りで一番の金持ちと賭けをしなくちゃ。」
すると突然地震が起きたように地面が揺れ、低く響く声が聞えてきました。
「この辺りで一番の金持ちなら、俺だ。」
モデスタスさんは周囲を見回しましたが、自分に声をかけた人は見当たらなかったので、こう尋ねました。
「誰です?」
低い声がその質問に答えました。
「俺は今ここにいる。お前たちの言葉なら、山と呼ばれている。」
モデスタスさんは戸惑いを感じつつ、また問いかけました。
「山ですって?」
「ああ、そうだ。俺は山。お前が言っていたこの辺りで一番の金持ちだ。」
「あなたが山だというのはともかく、どうして一番の金持ちなんです?」
「俺は広い土地を持っている。さらに俺の中には大きな鉱脈もあるんだ。」
山が大きな鉱脈を持っているという話を聞いて、モデスタスさんの賭け心がくすぐられました。さらに今回は絶対に勝つ番なので、気持ちは盛り上がります。
モデスタスさんは自称山を説得して、自分と賭けをさせる方向に話を進めました。山は気が進まない様子でしたが賭けに応じ、勝負に執着もしませんでした。
一人の人間とおかしな偶然と運命で関わってしまい、モデスタスさんと賭けをすることになりましたが、本心ではまた何の意識も無い本来の自然の姿に戻りたいようでした。
とにかくモデスタスさんは山が持っているという鉱脈を賭けて賭けを行い、もちろん勝利したのです。
賭けが終わると、山はモデスタスさんの目の前に大きな岩石を突き出しました。賭けに負けた対価として出したのですが、それはモデスタスさんが期待していた物ではありませんでした。
山が賭けの対価として出したのは、単なる大きな岩石だったのです。
モデスタスさんが期待したのは金銀の鉱脈、少なくとも錫や石炭などの使えそうな物であって、単なる大きな岩ではありませんでした。
また、たとえ山が言った鉱脈が単なる岩石だったとしても、少なくとも石材を産出できる大きな採石場の主人くらいにはなれると思っていたのに、山が出したのは単なる岩。
モデスタスさんがその点を指摘すると、山は答えました。
「お前が持っている全財産は馬二頭と荷車一つだ。
当然、お前が持ってる物と同等の価値のある物を賭けた。この岩石にはその程度の価値はある。」
その言葉を最後に、山は再びモデスタスさんの呼びかけに応じない、普通の山に戻ってしまいました。
モデスタスさんとしては、重要なチャンスを大きな石の塊一つでふいにしてしまったことになります。
幸い、自分が手に入れた岩石を載せる荷車と馬は持っていたことが唯一の慰めでした。
すると急に不安な考えが頭をよぎりました。もう負ける番しか残っておらず、これまで起きたおかしな出来事を振り返ると、次も大変な賭けになるだろうということが予想できたからです。
とにかく、その場にずっと留まるわけにはいかなかったので、モデスタスさんはその場を離れようとしました。
ところが、岩は地面に埋まっているわけではありませんでしたが、モデスタスさん一人の力で動かせる大きさではありませんでした。
こんな石ころはこのまま捨ててしまえ…とも思いましたが、この岩に馬二頭と荷車程度の価値があるという山の言葉を思い出して、惜しくなりました。
どこかの採石場や石工に売れば、ある程度の金になるかもしれないと思うと、モデスタスさんは運ぶことも捨てることもできなくなってその場で悩みこんでしまいました。
そんなモデスタスさんの前に、見覚えのある人が現れました。最初にモデスタスさんとの賭けを始めた怪しい老婆です。
老婆がモデスタスさんに尋ねました。
「どうだい?うまくいってるかい?」
モデスタスさんは正直に、儲かるどころか借金だらけで、もう勝つチャンスは無くなって負けるだけだとすべての状況を説明しました。
話を聞いた老婆が言いました。
「じゃあ、あとは負けるだけだから、最後に負ける賭けをして、あたしに賭け金を払えば終わりだね。」
モデスタスさんは賭け好きな人ですが、負けたからと言って駄々をこねたり負けを認めない人ではありませんでした。
ただ、この賭けに賭けられたのが単なるお金だけではないということが気がかりでした。
そのせいか、モデスタスさんは一人の賭博師としてうなずきはしましたが、心に重荷を背負った彼の表情は暗いものでした。
そんなモデスタスさんの心を読んだのか、老婆はこんな提案をしました。
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